公益社団法人 北海道理学療法士会

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理学療法士の皆様へ

知識のマグマ

Vol.35 運動による脳由来神経栄養因子の発現修飾
北海道大学大学院保健科学研究院 
前島  洋

 脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor,BDNF)は中枢神経系における神経細胞の可塑性、新生、維持、生存を促進し、中枢神経系の機能回復や機能維持において重要な液性因子として注目されています。このため、リハビリテーションの観点からもBDNF の発現と可塑性に富んだ脳内環境を提供することはリハビリテーションにおける中枢性コンディショニングとして重要と考えられます。実際に薬理的効果を期待してBDNF を投与する試みも報告されています。一方、BDNF は神経活動に依存して発現が増強されることが報告されています。大変興味深いことに運動(特に有酸素運動)は脳におけるBDNF の発現を増強することが明らかとなっています。運動によるBDNF の発現増強は大脳や小脳に限らず、運動における神経活動とは直接的な関わりの乏しい記憶・学習の中枢である海馬においても増強されます。このため、運動によるBDNF の発現増強は認知症の発症および進行予防に対して有効であることが期待されています。
 私の研究室でも老化促進モデルマウスを対象に運動による認知機能への効果について検証を進めてきました。老化促進モデルマウスSAMP1 とそのコントロールマウスSAMR1 を対象に1 日約1 時間のトレッドミル走行運動を行ったところ、運動を行ったマウスは行わなかったマウスより新規物体認知試験における認知機能が有意に向上していることが確認されました1)。更に、海馬を採取してBDNF の発現を定量したところ、運動による発現増強が確認されました(図1)1)
BDNF は神経細胞膜蛋白であるTrkB 受容体に作用して上述の「神経系を元気にする」方向へとはたらく細胞内シグナルを活性化します。一方、BDNF の受容体には別のp75 なる受容体があり、特にBDNF の前駆体はこの受容体への親和性が高く、p75 による細胞内シグナルには神経細胞死を促進するものが含まれます。興味深いことに運動はこのp75 受容体の発現を抑制することが確認されました1)。以上の所見は中枢神経系のコンディショニングとして認知症に対する運動療法の可能性を示す論拠のひとつとして意義があります。
  脳卒中をはじめとする中枢神経疾患のリハビリテーションにおいて、臨床的にも経頭蓋直流電気刺激による皮質神経細胞の活動を増強することにより、運動学習効果を促進させる試みが行われています。私の研究室でも神経活動依存的なBDNF の発現に注目して、抑制性シナプスにおける受容体であるGABAA 受容体の薬理的阻害剤bicuculline( Bic)による大脳皮質運動関連領野の軽度の興奮性の増強と運動との相互作用について検証してきました。BDNF 発現への影響を精査すると、興奮毒性を呈しない軽度のGABAA 受容体阻害だけではBDNF の発現は変化しませんが、短期間の有酸素運動と相乗することにより著しいBDNF の発現増強が確認されました(図2)2)
 以上の所見からも、中枢神経系疾患において、有酸素運動の併用がリハビリテーション効果を促進する中枢性コンディショニングとして有用である可能性が示唆されます。


知識のマグマ(図).png

【引用文献】
1) Maejima H.et al. Exersice enhances cognitive function and neurotrophin expression in the hippocampus
accompanied by changes in epigenetic programming in senescence-accelerated mice. Neuroscience Letters 665:
67-73, 2018
2) Takahashi K., Maejima H. et al. Exercise combined with low-level GABAA receptor inhibition up-regulates
the expression of neurotrophins in the motor cortex.
Neuroscience Letters 636: 101-107, 2017